つむぎ日記

2017年03月12日

3.11 あれから6年ですね

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今日は、3月11日。
震災から、6年ですね。

それぞれの6年。
人には、それぞれの思い。
そして、おなじ「とき」を共有しているわたしたち。

3.11この日は、ブログを書こうときめてから6年。
だいたい、深夜にかいていると、日付がかわってしまうのですが。。。今日もそうなりそう。

ずっとつむぎ日記を読んでくださっている方がいるのなら、
つむぎのいろんな思いがかわってきているのを感じ取ってくださることでしょう。

なぜなら、ブログでは、素直に思いを書いているから。

自分では、前のブログは、、、はずかしくて読めないけれど、、、

自分の中にある思いを・・・すべてではないけど、そのときそのときの思いを率直にだしてきました。

今はFacebookや、インスタグラムなど
便利なツールがでてきて、、
ブログ離れがすすんでいるとか。

さっと写真撮ってさっとあげられる、、簡単なほうにながれてしまって
(そういうじぶんもね^^)
。。

誰が読んでくれているのか、全くわからないのれんに腕押し的な
ブログより、
「いいね」っておしてくれていると、
ああ、読んで(見て)くださっているのだなあという確かな(かな?)
ものを感じることもできる。

ただ、とても早く流れていくし、、、
浅くて軽くなるのは確か。

ただ、軽くて浅いと思っているそういうかんたんツールでも
ひとつひとつ、心をこめるように意識している。

そんな軽いといわれるツールをやることも、自分の中では やる意味があって、

こういう世の中になったらいいな、、、という強い思いがあってこそ。

もちろん、イベントの告知ができることとか
仕事のツールとしては便利だとおもうけど

そのためにやっているのではなくて。

・・・
ただ、こうしてつむぎ日記にむかって文字をうっているときは、なぜか正座して、
時間をかけてかいているから
ブログにたいしては、じぶんのかける思いも又、それとは違うように思う。
誰が読んでくれるのかわからないから、自分にたいして書ける。。

今日はそう、3月11日。

あのときもミモザのはなあそびをしていて。
ぜんぜん状況を把握できていなかった。

今日もちょうど、
たまたまミモザを楽しむ会のお昼の部で、14:46 にさしかかるなあ、、、
黙祷できないなあ、と思ったのですが、
「そうだ、みんなでやってはどうかな?」と考えた。
でも、、なんか強要するのもいやだなあと思ったので・・始まる前に、
「途中で14:46に黙祷しようかなと思いますが、どうですか?」ときいてみたところ、、
みなさん、うんうん、、とうなづいて下さったのでみんなで黙祷をすることに。

レッスン中に黙祷をしたのは、はじめてでした。

海ののまれて 津波で亡くなった方々 や いまだに行方不明の方、そのご家族やおともだち。。。
地震で被害のあった方、、
家や大事なものが、流されてしまった方、
仮設住宅で暮らしている方、、

避難せざるを得なかった方、
自主避難された方、
避難したくてもできない方、
病気の中、避難をしいられた方、、

原発作業員の方、その関係者、
職を失った方、
漁協関係者や酪農を営まれている方、
育てていた家族のような動物たちを放射能汚染のため、やむなく育てられなくなった方、、
ペットと離ればなれになった方
農業をされている方、
しごとの見通しがたたない方たち、、、
線量計をつけなければいけない子供たち、
家族離ればなれになって暮らしている方、、

かんがえるだけで、、、想像するだけで涙がでてきます。
想像を絶する被害。

まだおわってないし、
忘れてはいけないと思います。

そしてまた、今だに、震災の関連死がとても増えています。

あと、、、にんげんだけではなく、海やお魚たち、微生物たち、空気、森、森のどうぶつたち、
土もよごしてしまった。人災。

いろんな思いで黙祷しました。

祈り。。

それが、今じんるいに必要なのかなと思います。
前向きに突っ走ってきているから。
「前」に人参をぶらさげられて、どこが前かわからなくなっているようにもみえる。
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posted by 月麦 at 00:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | つむぎのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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